TAAサロン あの人にきく

太田麻衣子さん
私、生き物係なんです。
(株)博報堂 執行役員
(株)博報堂クリエイティブ・ヴォックス 代表取締役社長
エグゼクティブクリエイティブディレクター

太田 麻衣子さん
プロフィール 富山県出身。ウェスタンミシガン州立大学Arts&Science卒、立教大学仏文科、慶應大学大学院経営管理研究科卒。1987年博報堂に入社後クリエイティブディレクターとしてCMを中心に多くのクリエイティブ作品を世に送り出すほか、TVドラマ脚本で2012年度ギャラクシー賞を受賞。家族は、夫一人、娘一人、オカメインコ7羽。好きな食べ物はお鮨、好きな飲み物はワイン、好きな場所は撮影現場。好きな言葉は、「たたかってる人は美しいですよ。(by高倉健)」ゴルフに行って誰かとしゃべっているのも好き。

社員15人、まさに家族同然

……クリヴォ(=博報堂クリエイティブ・ヴォックス)のホームページは楽しい雰囲気が評判ですが、中でも可愛らしいインコの動画が出てくる「インコ日記」は人気があるようですね。

私の自宅にオカメインコがいまして、「インコ日記」はその映像です。もともとつがいで買ってきて、家の中で放し飼いにしていたら、ソファの下でなんかこそこそやっているわけですよ。で、ある日気がついたら、ピピ、ピピ、……エーーッ! って。いつの間にか卵をあっためて、ヒナが孵っていました。びっくりでしょう?(笑)。その後も次々と子インコが増えて8羽になり、そのうち1羽を里子に出したので、今は7羽です。

オカメインコは頭の冠羽と頬にあるオレンジ色のポイントが特徴で、7羽の見た目はほとんど同じなんだけれど、日々観察しているとそれぞれ個性があって、全然違うのがわかってきます。中でも「インコ日記」によく登場するのがお父さんインコで、ネットで見つけた歌うインコの声を聴かせていたら、すぐに「となりのトトロ」を歌うようになったんです。それだけじゃなくて、子供が生まれたら、お父さんは子供に餌をあげながら「トトロ」を歌って聞かせていたんです。子守りして「トトロ」を歌うって、すごいでしょう?(笑)。すると、その子インコも歌うようになるわけです。そうやって「ああ、あの子がこうしてる」、「この子はこうなってる」と。あ、うちの会社もこれに近いなと(笑)。社員が15人で、私にとってはまさに家族。一人ひとり性格が違って、みんな特徴がある。みんな自分勝手で、好きにやってる。でもそれぞれいいところがあって。好きなものも違う、ダメなところもある。でもみんなかわいいです。あ、インコの話ですけどね(笑)。まずは食べさせること、と快適な環境が大事。温度とか湿度とか。人間もそうかなあ、と思ったりもします。たまには美味しいもの食べようか、とかワインでも飲んで話そうか、とか。あ、インコの話でしたね(笑)。

……2014年の代表取締役社長就任以降も、太田さんご自身はクリエイターとしては変わらず、むしろより幅広くお仕事されていますね。

クリエイターとしての仕事の内容は以前と何も変わっていません。ただ、経営についてそれまで学んできたことがなかったので、やっぱりちょっと勉強しようと思って、社会人向けのMBA大学院に2年間毎週末、通いました。そこで学んでわかったことは、うーん、MBAはいらなかったなあ、ということかな(笑)。でも、いろんなケースを学んだ中に、心理的安全性と生産性って同調するものだということは考えました。自分のパフォーマンスを最大に発揮するためには、心の安定が必要ですよね、うちのインコたちもそう(笑)。うちの会社のメンバーは何かあると私に相談したり、まあ私にすごく怒ってきたり!(笑)。また、うちの会社には中庭があるので、ストレスは自分で発散してね、という思いで、疲れたら自由に休んだり、ぼーっとしたりできるように、いつでもワインやビールを用意してあります。あ、飲めない人用には美味しいお菓子も!それ体重が増える!って嫌がってる人もいますけどね(笑)。本社の目の前にあるので、本社の仕事の仲間も気軽に来て打ち合わせしていきますし、たまに飲みにだけ来る人もいます。(笑)

クリエイティブから店舗設計までを手掛けたやきいも店を銀座にオープン

……2018年にオープンした「銀座つぼやきいも」は、広告会社がプロデュースしたやきいも屋として話題になり、行列のできる人気店に。また、昨今のやきいもブームに火をつけた存在としても知られていますね。

私は富山県の出身で、“銀座つぼやきいも”は同郷の会社の社長さんから「銀座で一流のやきいも屋をやりたい」と相談されたのがきっかけでした。「銀座は家賃が高すぎるし、やめたほうがいい」と言ったんですけど、「これをやらずには死ねない」と言うので、困ったなと思って(笑)。でも、ちょっと考えてみたら、広告の状況がどんどん変わっていく中で、ゼロから新しいものを作るのってクリエイティブの仕事だなと。頭で思い描いたアイディアがお店として実際に世の中に出て、そのことがきっかけで、何かを変えられたら面白いんじゃないかと思いました。それで、物件探しからサツマイモの品種の選定や貯蔵の仕方など、焼き方、熱源など全てを思考錯誤しながらです。

銀座つぼやきいも

お店の設計、建築工務店選び、ロゴ、パッケージデザイン、値段、配達の仕方まで、うちの会社でプロデュースしました。壺でゆっくりと2〜3時間かけて焼く工程はすべてが手作業です。やきいもって案外難しいんです。焼いている最中にいい芋かどうかもわかるし、匂いでダメなものもわかるんです。やきいも師も簡単にはなれません。そうやってこだわった分だけ本当に美味しいものができました。

ただ、やきいもはやっぱり季節のもので、秋と冬が中心ですよね。でも開店日は6月1日。まさに夏の入り口で、いろいろ考えてうちのアートディレクターが瞬間冷凍のアイスを考えたんです。甘いので完璧には凍らない、あの高級アイスのような舌触りです。そして、冷たいやきいも、アイスなのに火がつきました!今ではコンビニにも入ってる。あっためても美味しい、そのままでも美味しい。どこに出しても恥ずかしくない世界でいちばんのやきいもが作れた、と富山の社長さんも言ってくれてます。まだ儲かってないけど、辞められないって。(笑)。あ、ここはこれからの課題です。(笑)

やきいも

夏にも売れるやきいも、って考えてみたらそうかそういうものだなと思って……。これからのクリエイティブってちゃんと世の中に価値変容と新しい習慣を提案できることじゃないかと。あとね、季節のお知らせや注意みたいなことを出していくのって、元気で生きててほしいという思いとか願いだねって。その思いはその商品の大きな存在理由になるところもあると思うんですね。長年担当させていただいているポカリスエットの「ポカリのまなきゃ。」もそうなんですが、熱中症に気をつけて、というメッセージが生きていくことを応援することになる。広告にはそういうところがあると思います。

そうそう、店舗を銀座7丁目にしたのは、周りにクラブが多く、銀座のクラブのお姉さんたちに食べてもらいたいという思いがあったからです。どうやら明治時代の銀座にはやきいも屋さんがあって、踊り子のお姉さんたちが買っていたということがあったらしいんですね。夜も22時まで営業しているので、クラブに行く方がお土産に買って行ったり、クラブから注文が入って出前もしたりと、クラブのお姉さんたちには好かれています。コロナ禍でクラブの営業がなかった間は厳しい経営状態でしたが、今はまた復活してきました。そんな風に地元のお仕事や地元の人たちとつながっているのも嬉しいことです。そうそう、オープンした日にご近所のお店や会社にご挨拶がてら「うちのやきいもです」と言って持って行ったら、次の日に黒服の男性がお店に来て、「昨日のやきいも、美味しかったんで田舎のお母さんに送りたい」と言ってきてくれたこともありました。これは全国に広がるな、と思いました。(笑)

……最近は家族同伴大ごはん会を開催されたとか(笑)。

そうなんです。クリヴォ大ごはん会、開きました。なぜ家族同伴になったかというと、うちの会社はお母さんたちが多いんです。お父さんたちもですけど(笑)。お母さんたちにみんなでごはん食べようって言っても、子どもがいるからなかなか出てこれないです。だったら子どもと来てもらおうと思いました。子どもたちにも美味しいもの一緒に食べて、お母さんの会社の雰囲気も知ってもらいたいですし。そしたら、お父さんたちも子どもと奥さん連れて来てくれました!(笑)総勢30人、ワンテーブルでステーキコース食べました。

……ワンテーブル!なんと!

はい、大人が18人子ども12人でした。子どもたちは今度小学生になる子から今度中学生になる子まで年はバラバラです。男の子も女の子もいるんだけど、子どもは子どもで集まって座ってもらいました。これがよかったんですよ。長―いテーブルの半分は大人たち、半分子どもたちで、ちゃんとみんな話をしながらうまくやるんですね。子どもも大人も(笑)。メンバーの奥さんや旦那さんと話すの初めてでお互いがちょっと気を使って話すのと同じように、初めて会う子ども同士も気を遣いながら、でも苦手なものを交換し合ったりして、本当に大人とおんなじなんです。女の子同士で今度また会う約束なんかしたりして、かわいいんです。年も学校も違うのに。最初どうなるかと思いましたが、これは本当に良かったです。デザートの頃になると、大人は大人で自由に入れ替わりながら他の人のデザートの皿食べたりして、お互いの家のグチを聞き合ってましたが(笑)、子どもは子どもでみんなで集まってクイズ大会みたいなのをちゃんと開いてました(笑)。しっかりしてます。

……楽しそうですね。この先の計画もこんな感じですか。

そうですね。今は広告クリエイティブの領域はどんどん拡がっています。もう広告屋ではなくてクリエイティブなんでも屋になってる気がします。私もひょんなきっかけから配信ドラマを書いたり、やきいも屋やったりとちょこちょこ小さなことをやっていますが、世の中をいい方に変えていくアイディアや新規事業が常に求められている、そんな時代です。自分たちの幸せを求めることと世の中の幸せを作ることは似てるんじゃないかなあ。ひとりひとりが生きやすい世の中になるためのクリエイティブを考えなくちゃね、と思っています。クリエイティブ屋の仕事はこれからだよ、と。(笑)

(インタビュー・文 牧野容子)

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