TAAサロン あの人にきく

田中 巌夫 さん
新組織を設立し、
マーティング改革に挑戦しています。
味の素株式会社
食品事業本部マーケティングデザインセンター副センター長
コミュニケーションデザイン部長
公益社団法人 東京広告協会 理事・総務委員長

向井 育子 さん
プロフィール 武蔵野美術大学卒業。1993年に味の素株式会社 広告部制作グループに新入社員として入社、パッケージや広告のクリエイティブを行う。その後、製品開発もクリエイティブだと思い、2006年に事業部にマーケターとして異動させてもらう。調味料部で「ほんだし®」や中華だし、新領域開発を担当し、Cook Do®「香味ペースト」や「Toss Sala(トスサラ)」を発売。2014年に味の素冷凍食品株式会社に出向、開発グループ長→製品戦略部長、と開発マーケの責任者もしながら広告やパッケージもディレクションするという特殊なポジションで楽しく過ごす。2020年に味の素株式会社に復職。生活者解析事業創造部、R&B企画部を経て、2023年7月より現職。

大学時代から広告ひと筋。画期的な新商品を次々と開発。

……大学時代から広告専攻だったそうですね。これまでに手掛けたお仕事の中で印象深いものを教えていただけますか。

十代の頃から将来は広告の仕事に就きたいと思っていて、美術大学の視覚伝達デザイン学科に進みました。そして、もともと食べ物が好きでしたし、味の素には広告セクションがあるので良さそうだなと思って入社試験を受けました。専門職採用なので試験には実技試験があり、自分で新製品のアイディアを考えるところから始まり、製品コンセプトを考え、CMの絵コンテ、新聞広告、パッケージデザインまで全部一人で作って……、まさに大学の課題の延長で、面白かったですね。
 入社して最初の配属は広告部制作グループで、パッケージや広告のクリエイティブを担当しました。印象に残っているのは2002年の夏に発売された新商品「アジアめん」のシリーズです。「ベトナム フォー」、「タイ トムヤム麺」、「台湾 汁ビーフン」の3品種で、パッケージはベトナムに現地視察に行って見た空と海の色をイメージしてディレクションしました。パッケージの半分近くにエメラルドグリーンからブルーのグラデーションをのせたのですが、赤系を基調としたデザインが多い中で、店頭でけっこう目立っていたのが嬉しかったですね。コピーライターさんが「アジアのきれいな味がする」というコピーをつけてくれ、自分なりに新しい世界観を形にすることができて、しっかり販売にもつながって、よかったなと思っている仕事の一つです(現在は終売)。

その次に、事業部にマーケターとして異動しました。そこで数々の商品の開発に携わりましたが、まさに入社試験の時と同じように、自分でコンセプトを考えて商品の中身もパッケージもすべて携われるのが楽しかったですね。もちろん大変なこともたくさんありましたが、そんな中でも思い出すのが「香味ペースト」というペースト状の調味料の開発です。発売は2011年で、それ以前には世の中にチューブ状の容器の調味料というものがなかったので、まさに初めての挑戦でした。

包材はチューブにするのか、パウチにするのか、ボトルにするのかなど、片っ端から検討しましたが、自分の中では、金色のカラーリングのチューブにしたいと最初から思っていました。イメージは、仏像が壮観にズラリと並ぶ京都の三十三間堂です。見ると思わず拝みたくなるような……。金色のチューブのパッケージを立てて棚にたくさん陳列したら、まさに三十三間堂の中にいるような感じになるのではと。「別にありがたくないぞ!」、「箱に入れるべき!」などの反対意見もありましたが、「大丈夫です、いけます!」と言って強行しました(笑)。開発を担う研究所では、担当者が腱鞘炎になりながら、どれだけの回転数にしたら調味料のペーストがちょうどいい粘度になるかというのを日々試作してくれました。パッケージの裏面には炒め物1回分に使う量の目安が分かるように、搾り出した1回分のペーストの長さ(約12㎝)を写真に撮って載せることにしたのですが、広告部のメンバーがとても綺麗に撮ってくれました。


現在のパッケージ裏面

そうやってたくさんの人と一緒に力を合わせて、コンセプトが決まってから約10か月で発売にこぎつけました。新製品の開発では超短期のケースでした。本当に忙しくて、本当に面白い仕事でした。他にも、働く女性の意見を取り入れて、シャカシャカふって野菜に加えて混ぜるだけで見栄えも食感も良いサラダができる、というサラダ用シーズニングの「Toss Sala (トスサラ)」なども開発しました(現在は終売)。

その後、味の素冷凍食品に出向した際には、パッケージや広告担当に加えて製品戦略部長も兼ねていました。ここでは部下と共にコンセプトを1000本ノックして(笑)「ザ・チャーハン」という製品を開発しました。冷凍チャーハンというと、それまでは家族のための商品というイメージでしたが、お腹を空かせた男性が豪快に食べられるというブランドとしてコンセプトを作りました。それまで長方形が主流だったパッケージも黒い真四角な形に。中身もプロの中華料理人が作る味を狙いました。この商品はおかげさまでとても売れて、現在も高いシェアを誇っています。


ザ★チャーハン
現状デザインは8代目、リニューアルは24年春に実施

……本当に、次々と画期的な新商品を生み出してこられたのですね。

自分自身、新しいことが好きですし、世の中にインパクトのあるものを作ってたくさんの皆さんに喜んでもらいたい、という思いをいつも持っています。開発したものが多くの人に受け入れてもらえているというのはとても嬉しいし、ありがたい限りです。

企業価値向上の実現に向けて、新組織を設立

……2023年4月にデザインとマーケティングを融合させた新組織「マーケティングデザインセンター」が発足し、向井さんは副センター長に就任されました。ここではどのような取り組みをなさっているのですか。

マーケティングデザインセンター(以下MDC)は、マーケティングの基盤を作るマーケティング開発部と、販売を担うD2C事業、新しいコミュニケーションを設計していく私たちの組織コミュニケーションデザイン部、この3つが集まった組織です。ここで私たちは「Swing the bat(スイング・ザ・バット)=バットを振り切るように常にチャレンジする」という言葉を掲げています。チャレンジする人材育成を促進し、挑戦することを良しとする企業風土への改革を主導する、その人材育成をベースに活動を展開させています。既存のビジネスに加えて、もう少しフレキシブルに動けるような体制を目指した組織として発足しました。消費者のインサイトを捉え、新しい価値を生み出していく力を高めることを目指しています。

発足から約1年半、手応えを感じる事例の一つとして、私たちがPESOモデルと呼んでいるコミュニケーション戦略があります。何が世の中の人たちにとって大事な情報なのかを見つけて、それをベースに戦略PRをしていく中で、私たちがそれをOwned(自社)メディアで発信し、同時に広告も展開して、口コミも狙っていく、というようなやり方です。「Cook Do®」オイスターソースはこのモデルによって広告換算で2億円を超える情報の流通を発生させることに成功しました。
 たとえば、世の中のフードロスの問題でレタスを買ってもなかなか食べきれない、という声がある。ではレタスを包んで保存できる紙になる15段の新聞広告を作ろうということで、俳優の藤原竜也さんの顔を全面に乗せた広告を作りました。

藤原さんのお顔でレタスを包んでください、という意図です(笑)。それが話題になってネットに取り上げられ、そこからレタス消費レシピなどがSNSに広まったりして、結果、オイスターソースは4年ぶりにカテゴリーシェア1位を奪還することもできました。今までのマスメディアだけのコミュニケーションではなく、新しいモデルヘコミュニケーション戦略の革新を図るという取り組みです。

……MDCを象徴する社内イベントとして、「Swing the bat(スイング・ザ・バット)賞」があり、中には向井さんの名前を冠した「向井賞」というものもあるそうですね。

常務でMDC長の岡本が"みんなフルスイングしようね"と以前から言っていたのですが、これは、バッターボックスに立ってとにかくとことんまでやって、バットを振ってがんばったスタッフを表彰するというものです。MDCそれぞれの組織の中から、小さくても光り輝いている人を選んで讃えるイベントです。うちの会社は食品を扱っていること、そして歴史も長いためか、どうしても石橋を叩いて渡るという風土があり、新しいことに果敢にチャレンジすることをためらってしまう雰囲気があるかなと感じることがあります。私はこれまでけっこうチャレンジをしてきたタイプですし(笑)、若いメンバーもしっかりと"これをやりたい"とアピールしてくれれば、やれるフィールドを提供したい。味方になってくれる上司もいます。だから、みんな臆することなくどんどんチャレンジして、バットを振り切ってほしいと思っています。そこで生まれた経験やノウハウを活用してみんながバットを振って元気になっていく。そんな組織になっていくといいな、と思っています。
 年に2回、私を含め3つの部署の長がそれぞれ自分の組織の中の取り組みの中から一つずつを選び、それぞれの名前を賞に冠しています。これは部員による自薦なので、"私、こんなのやりました"と立候補してもらうのが決まりです。選考の時期になると立候補の書類が続々と集まってきて、面白いですよ。

自分のやりたいことを見極め、共感してくれる仲間を増やしていくことが大切

……ご趣味はトライアスロンとお聞きしていますが、長く続けていらっしゃるのですか?

かれこれ15年くらい、やっています。始めたきっかけは、実は「香味ペースト」の中華だしの担当になったことでした。調味料なので開発過程で試作品の試食をするのです。和風だしの場合は味噌汁とおすましの2種類でいいのですが、中華だしは中華スープとチャーハンと野菜炒めの3点セットを味の骨格などを変えて5タイプくらいずつ食べるのです。それをしょっちゅうやっていたら、気がついたら体重が10キロも増えていて!足が痛くなったので病院に行ったら"太りすぎですね"と言われました。ドクターに、足に負担がかからない自転車か水泳を勧められ、自転車を始めることにしました。マイ自転車を作ることになり、知り合いの馴染みの自転車屋さんを紹介されて行ったら、そこはトライアスロン愛好家御用達の自転車屋さんだったのです。私は全くのインドア派でスポーツのことをよく知らなかったので、勧められるままに自転車を作って自転車だけを一生懸命やるつもりでいたのですが、1年ほどたったある日、いつの間にか勝手にレースにエントリーされていて、その一ヶ月半後くらいにレースに出てしまいました(笑)。レースの会場は、鹿児島県の徳之島でした。

練習もままならぬ中での初めてのフルトライアスロン(スイム→バイク→ラン)なので、全く歯が立たず、本当に大変でした。しかしその徳之島のレースは制限時間に間に合わなくても走らせてくれるホスピタリティ溢れる大会だったため、1時間半もオーバーしてゴールさせてもらいました。その時の島の皆さんの応援がとても素敵で、すっかり虜になってしまったんだと思います。しかも断トツビリッケツだったのですが、ゴールから6キロ手前のエイド(水や食べ物を配ってくれるところ)で島の中学校のバレーボール部のボランティアの子供たちが最後の選手と一緒に走ろうと言っていたらしく、その子たちがゴールまで一緒に走ってくれたんです。それもとても嬉しくて。その時のメンバーのひとりと今では家族ぐるみで交流があり、なんと先日その子が結婚するということで鹿児島でのお式に参列してきたんですよ。

……それはとても素敵なご縁ですね。競技もさらに長く続けていけるといいですね。最後に、広告の仕事に関わっている若い方々にメッセージをお願いします。

なんでも楽しんでやってみればいいのではないかと思います。今は時代が変わって、マス4媒体をメインにやっていた時に比べてやることが増えているから大変になっていることもあると思います。でも、その組み合わせを楽しんでみる、というのがいいのではないかと思います。
 自分のやりたいことをちゃんと探して、それが正しければきっと応援してくれる人がいる。私はこれまで応援してくれる人がたくさん周囲にいて、だから新製品も短期間で発売できたという経験もあって。結局、自分一人では何もできないので応援してくれる人、賛同してくれる人をしっかり作る、ということではないかと思います。そのためには、みんなが面白がってくれて、それ一緒にやってみたい!と思ってくれるようなところまで自分のアイディアをしっかりと詰めて考えて、それで味方を作って仕事をしていったら、大変でも楽しい仕事になるんじゃないかなと私は思っています。

(インタビュー・文 牧野容子)

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