広告会社法務の来し方、行く末
グループ法務室長
柳原 康成
2005年、商社から転職し、当社の法務部門に配属された私が最初に驚いたのは、当時の広告会社には、契約や合意を書面にする文化が必ずしも十分には根づいていなかったことでした。信頼と阿吽の呼吸で仕事が回っていた時代、法務の主な役割は、景品表示法、薬機法、著作権法、商標法などに照らした広告制作・出稿やキャンペーンのリスクチェック、あるいは債権回収や労務紛争への対応でした。案件が動き出した後、時には問題が生じた後に呼ばれることが多く、法務は典型的なバックオフィスだったといえます。
その風景を変えたのは、事業構造そのものの変化でした。海外M&Aを通じてグループの事業が国境を越えて広がり、広告会社がコンテンツやイベントの権利を自ら保有する機会も増えました。権利を「処理する」側から「持つ」側へ回るにつれ、法務の関与も質的に変わりました。さらに、データマーケティングや越境ECが一般化し、国内外の個人情報保護規制への対応が重要性を増す中で、法務は後工程の確認役ではなく、事業設計の前提を共につくる役割を担うようになりました。
こうした変化の中で、法務が案件の初期からプロジェクトに伴走する場面は格段に増えました。検討事項を持ち帰って後日回答するだけではなく、その場で法的な選択肢を示し、実現可能な道を一緒に探る。そうすることで、リスク分析と意思決定を速め、ビジネスの成長にも貢献できます。私は、初期段階からの伴走こそ、会社と社会の双方に価値を提供できる法務のあり方だと考えています。
そして今、AIの進化によって、法務の役割を改めて問い直す局面を迎えています。AIは提案や回答を瞬時に示します。しかし、その前提や限界を見極め、妥当性を判断し、事業の文脈に即して問いを設計し、最終的な判断に責任を持つのは人です。事業領域が広がり、AIが実務に入り込むほど、法務には個人の知見だけに依存しない、組織としての判断力と知識の蓄積が求められます。大切なのは、異なる経験や専門性を持ち寄り、判断に厚みを持たせることです。
最後に、日頃からチームに伝えていることを記します。作家・井上ひさしの言葉にならえば、法律の仕事も、難しいことを簡単に、簡単なことを深く、深いことを面白く伝えることに尽きるのではないでしょうか。法律やルールをそのまま説明するだけでは、人は動きません。社内のチームにも、交渉の相手方にも、その意味を腹落ちしてもらって初めて、案件は前に進みます。法務の技術とは、詰まるところ、伝える技術でもあるのだと思います。
そして、志を高く持つこと。広告会社の法務は、社会と企業が接する最前線に立つ存在です。だからこそ、守る部署から支える部署へ、さらに共につくる部署へ。これまでの歩みを糧に、これからの法務の姿を自ら描いていきたいと思います。

