TAAサロン あの人にきく

山西 啓代 さん
正論だけでは人は動かない。
広告会社ならではのよりよい法務をめざして。
株式会社 博報堂DYホールディングス グループ法務室長
(公社)東京広告協会 法務政策副委員長

柳原 康成 さん
プロフィール 広島県呉市生まれ。幼少期に父の仕事の関係で数年間、米・ボストンで過ごす。大学卒業後、総合商社に入社し、法務を担当。2000年~2005年、 NY駐在。2004年にニューヨークで弁護士資格を取得。2005年9月に博報堂に入社し、現在に至る。

自由な社風に興味を抱き、転職を決意。

……総合商社に約12年間お勤めされて、その後、現在の会社に入られたのですね。

1993年に総合商社に入社しました。円が強かった時代でもあり、当時の商社は食品や繊維の輸出入をはじめ、海外で高速道路やダムを作ったり、鉱山開発やリゾート開発などに関わって、私も法務担当としてしょっちゅう日本と海外を行き来していました。中国の経済が大きく成長している時期でもあり、インターネットがまだ普及していない中で、中国出張で『地球の歩き方』を片手に、2、3日、誰とも連絡が取れないような奥地まで電車に揺られて行ったこともありました。

2000年からは5年間ニューヨークに駐在し、富裕層向けのリゾートマンション開発に携わったりもしました。このニューヨーク駐在中、仕事と並行して夜間の大学に通って弁護士資格を取得しました。3回欠席すると単位を落としてしまう厳しい学校だったので、ある時などは、出張でメキシコシティへ行き、夕方に飛行機で戻り、空港に待たせた車に乗ってそのまま講義に行ったこともありました。

2005年に日本に戻り、その年に博報堂に入社しました。入社するきっかけになったのは、当時お会いした、ある社員の方の存在でした。彼は管理職でありながら破天荒なアイディアマンという方で、彼に仕事の話を聞くと興味深いものばかりで……。こういう方がバリバリ活躍できる環境はとても面白そうだなと思って、決断しました。とはいえ、同じ法務の仕事でも、大きくいえばモノの売買から権利に関わるようになって、それまでは独占禁止法とか国際的な輸出入で海外政府との交渉などを担当していたのが、博報堂に入社してからは著作権法やタレントの肖像権、キャンペーンの景品表示法などなど、取り扱う内容がガラッと変わりました。あまりにも違いすぎてやり方が全然わからず、最初の1年間は非常に苦労し、格闘しました。それでも、広告会社の仕事はクライアントを通して世の中に出ていくもので、そこには法律問題の処理を超えた目標達成への意欲がとても大切にされていることを知っていくほどに、仕事の面白さに引き込まれていって、あっという間に20年が経ちました。

事業領域の拡大の中での法務。

……この20年間で関わられたお仕事の中で、印象深いものはどのようなものがあったか、教えていただけますか。

入社して最初のころに担当した仕事の一つが、グループ会社の設立でした。これは、博報堂とニューヨークを本拠地とする世界有数の広告会社ネットワークが2006年に設立した総合広告会社です。この時は、合弁の相手方の間で、日本とアメリカ、双方の文化の違いを埋めていく作業が大変ながらも新鮮でした。

また、この案件を通して改めて、広告会社の仕事についてどのような理想像を描いていけば働く人たちがワクワクしてくれるか、ということを常に考えながら進めていくことができました。交渉を自分たちに有利に進めるということだけにとどまらず、一緒に考えて良いものをつくろうという共通意識を持って進められたことが私にはすごく新鮮で、改めて良い会社に来られたな、と心から思いました。

……AIの登場もあって、法務に関してもお仕事を始められた頃から比べると、取り扱う領域は圧倒的に広がってきているのでしょうね。

おっしゃる通りです。仕事の内容は以前と比べて格段に複雑になっていますが、一方で法務領域とAIは親和性の高いところもあり、有効に使えれば武器になるとも思っています。

例えば、5分の動画の中でほんの一瞬、人の目では見尽くせないようなところに小さく映りこんでいる権利NGのものについて指摘してくれるなど、人間の仕事が楽になるメリットも大きいです。また、自社のAIツールとして、1990年代から博報堂DYグループで保有する過去の膨大な知見や最新法令、措置命令などをもとに企画段階でのリスク検証ができるAIツールを開発しました。それを今年度から導入し、広告表示や広告表現のリスク検証を行える仕組みがスタートしています。

現在、博報堂DYグループは、グローバルパーパスを実現するために、従来の“広告会社グループ”の枠を超え、“クリエイティビティ・プラットフォーム”へと進化していくことを目指しています。グループ内外の「人/企業/アイデア/テクノロジー」といったあらゆるものを広くつなぐことで新たな関係価値を創出し、また、その範囲を拡張することで、グループ全体の成長を創りだすことを目指しています。こうした幅広い事業領域をグループ全体で推進する中で、法務にも、各社や各地域を横断して事業を支える役割が求められています。

これまでの広告会社の事業領域だけにとどまらない事業の多角化、そしてグローバル化に伴って、法務ネットワークも拡大しています。M&Aにより、従来の広告事業を超えた事業会社も博報堂DYグループに参画してくれています。それらを踏まえ、2023年には「博報堂DYコーポレートイニシアティブ」が設立され、海外拠点との法務部門の連携も本格的に開始し、機能を強化させています。

……お話を聞いているだけでもかなりご多忙なご様子ですが、オフの日はしっかりリフレッシュされていますか?

そうですね、土日も仕事関連の行事も多いのですが、時には平日に半休もしくは1日休みをとって、妻とデートしています。出張で海外に行くことも多いので、人から見たらしっかりオフをとっていないように思われるかもしれませんが、基本的に仕事であれこれと忙しくしているのが好きなので、今後、もしもめちゃくちゃ暇になったらどうしようと思ってしまう自分がいたりもします(笑)。

しかし、仕事の前面に私が立ちすぎてしまうと部下が育つチャンスを減らすことにもつながりかねないので、その辺は日頃から気をつけています。部下がちょっと失敗をしても、すぐに手を出すのではなく、「まずこの部分から解決してみては」などと話しながらアシストをするようにしています。だれでも、少しずつ現状よりも背伸びをした仕事に挑戦したほうが成長していくと思うんですね。そう思いながら部下と接するようにしています。

“一番おいしい時間”を、よりよく、楽しんでほしい。

……ご自身の経験から、広告に携わる仕事をしている若い方々に向けて、メッセージやアドバイスをいただけますか。

いつも言っているのは、我々は一番“おいしい”時間を会社に提供している、ということです。つまり、9:30~17:30とか、1日のうちで行動できる良い時間帯ですね。この時間は一番おいしい時間。だから、それに見合う価値や楽しさ、自分にとってやりがいを感じられたり、収入につながったり、自分が納得できるものに時間を提供しようよ、ということをよく話しています。自分の一番おいしい時間を提供しているのだから、楽しくやろうよ、充実した仕事になるようにしようよ、と。

担当する仕事の難易度も、ちょっと無理かなと思っても、すでにできることだけを繰り返すのではなく、将来これができたらいいのにな、と思うことをやったほうがいいんじゃないか?新しく挑戦したことで多少失敗したとしても、6割くらいでも上手くいけば達成感が生まれて、もっと仕事が好きになって、周りの人もハッピーになっていくかもしれない。そうやってやりがいが生まれてくるんじゃないかと私は思っています。

考えてみれば、広告会社もかつて勤めていた商社も、何かと何かの間に挟まれる仕事で、特に広告会社は最後まで粘って調和を得たい、という目標があるので、よりストレスがたまる仕事かもしれません。でもそれはそれで面白い。そのときの条件や状況の中で回答を見つける、やれることから1つずつでもやっていくと、状況が動き出して、みんなの気持ちも少しずつ軽くなっていくような……そういうところがあると思っています。

だから、もう一回生まれ変わってもこの人生でいいと、私は思っています。ずっと忙しいけれど、もっとお金を稼げる仕事もあるかも(?)しないけれど、今の仕事が楽しいんです。

新しい人を採用する面接の時には、こんな面白いことができるけど、一緒にやらないか?ただし、指示待ちの姿勢ではダメだよ、一緒に考えていける人を求めているよ、と伝えています。法律のまだ整備されていない領域で仕事をするのだから、当然失敗もあるけれど、ありがたいことに会社に体力もあるし、助けてくれる仲間もたくさんいるんだから、って(笑)。

正論だけでは人は動かないので、プロジェクトのメンバーとして、ビジネスプロデュースやクリエイティブ、マーケティングなどの皆を尊重しながら、一人の人として志やインテグリティー(誠実さ)をもって法務部としてできる限りの仕事をする。そういうマインドが共有されているところが博報堂DYグループの社風だと思いますし、そうやって若い人たちも仕事をしていってもらえたらいいと思います。

(インタビュー・文 牧野容子)

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