十代から憧れだった資生堂に入社して、30年
……新卒で入社されて今年で30年になるそうですね。資生堂を志望された動機はどういうものだったのですか?
学生のころ、日本テレビ系列で月曜日から金曜日までのお昼に「おしゃれ」という15分間のトーク番組があって、それが資生堂の一社提供番組でした。番組自体は1970年代にスタートしたもので、私が見るようになったのは80年代、中学・高校生の頃でした。中間や期末テストの期間は早く家に帰ってくるのでテレビをつけると、「おしゃれ」をやっているのですね。毎回、文化人や芸能人をゲストに招いて会話をするのですが、私が見ていた時期の司会は久米宏さんでした。トークの内容がとても洗練されていて、そこで流れるCMも、すべてを語るわけではなく、情緒的な表現で……かっこいいなぁと。そういう世界にすごく憧れを感じました。それでこの会社に入りたいと思うようになりました。
縁あって新卒で入社して30年。「おしゃれ」はその後、シリーズ化して名前を一部変えて、今も続いています。最新の番組は2021年にリニューアルした「おしゃれクリップ」なのですが、実は今の私の部署で担当しています。十代の頃にこの会社に入るきっかけを作ってくれた番組に、30年以上経って、また仕事で携わることができたことは、本当に恵まれていると思います。
……これまで手掛けたお仕事で、印象深いものは、どのようなものがありますか?
入社して最初の3年間は金沢で営業の仕事に就き、96年から、当時銀座7丁目にあった本社の化粧品企画部に移動になりました。今でいう、ブランドマーケティングをする部署です。それから約20年間、ブランドの仕事に携わりました。
ブランドの仕事の中でも直近のものとして印象深いのは、2017年の「表情プロジェクト」です。資生堂では、多くの女性の肌悩みの一つである「シワ」の領域において、30年以上前から有効成分レチノールに注目し、研究・開発を進めてきました。その結果、2017年に「有効成分純粋レチノール」について、レチノール類で日本で唯一シワを改善する新効能として認可を受けました。「シワ改善」という効能を明記、あるいは主張することができるようになったということです。
日常のスキンケアで“一人ひとりの女性本来の豊かな表情を作り出し、さらに輝き続けることを応援したい”という当社の思いを実現するべく、ブランドを横断した全社イチガンのプロジェクトとして「資生堂 表情プロジェクト」を展開しました。有効成分純粋レチノールを配合した新商品を複数のブランドで発表し、豊かな表情をもつ女性の素晴らしさを伝えていくために、石田ゆり子さん、宮沢りえさんなど6名の俳優を起用した広告展開のほか、特設WEBサイトでの情報発信、街頭イベント、店頭キャンペーンなどを実施しました。おかげさまで、このCMは2017年のギャラクシー賞を受賞させていただきました。
通販ブランドを担当したことで、“人の力”を再確認
……資生堂として初の通販ブランドを担当されたこともあるそうですね。
2012年から系列会社の(株)キナリ(現在は別会社)に異動して、「草花木果」という弊社初の通販ブランドのマーケティングを担当しました。「草花木果」は資生堂という名前がどこにも出てこないブランドだったので、これまでのやり方が通用せずに苦戦しました。弊社のビジネスモデルでいうと、新製品が出るとチェインストアさまが好意的に仕入れてくださるありがたい関係性が構築されています。それに対して当時の通販では、まだ新製品が出ただけではなかなかすぐに売上に結びつかず、継続してご愛用いただけるお客様がいることがいかに大切かということを、身に染みて感じました。さらに、資生堂の化粧品は昔から店頭で商品をご紹介するPBP(=パーソナルビューティーパートナー)の方々や販売店の方々がお客様にご紹介するスタイルが中心ですが、通販だとウェブサイトに書いている表現だけでは伝えたくても伝えきれない、というところもあって……。人の力、PBPの方たちが店頭で紹介してくださることが、どれだけ心強いことかと痛感した5年間でした。
ただ、その一方で、データに基づいてマーケティングするということを学ぶことができたのは、現在の業務領域にとても役立っています。2018年から現在の部署に移ったのですが、2021年にはアクセンチュアとの合弁で「資生堂インタラクティブビューティー」という会社を作っており、現在そこのメディア戦略部の部長も兼任しています。そちらはデジタルマーケティング領域のソーシャルメディアやCRM、デジタルコンテンツの制作などを担当しているので、通販を担当していた時の経験が活かされていると思います。
……コロナ禍による化粧品販売や広告市場への影響については、どのように捉えていらっしゃいましたか。
ご存知のように、コロナの状況で特にメーキャップ商品を中心に需要が落ちました。そして3年が過ぎて、今年、感染法上の分類が5類になることが発表されたことを機に、“美の力で日本を元気にしよう”という全社プロジェクトとして「みんな、いい顔してる。」のキャンペーンをスタートさせました。
マスク着用が個人の判断となることに合わせ、化粧する楽しさを通じて、皆さんの豊かな表情が行き交う毎日の素晴らしさを“いい顔”とともに描き、日本をより一層元気にすることに貢献したいという思いで、CMには俳優さんやモデルさんたちだけでなく、弊社の社員や、社員が撮った動画も登場しています。社内で動画を募集したところ、1週間で600件くらい集まり、その中からいくつかを採用しました。3年間、社員も本当に苦しい思いをしていたので、その想いも一緒に乗せて展開させています。おかげさまで“こんなメッセージを発信できるのは資生堂ならでは”というご意見も頂戴しています。
……今後の展望をお教えください。
弊社は2022年に150周年を迎えましたが、今後はさらに、ビューティーのことだけではなく、ダイバーシティアンドインクルージョンを目指し、女性活躍支援に力を入れていくことも重要だと思っています。社員の80%以上が女性なので、弊社が女性の活躍を支援していくことはとても意味のあることであり、管理職比率や、デジタル関連の部署ではまだまだ男性多数だったりするので、これからの課題ですね。一方で、若手の男性社員の中には、メイクをする方も増えています。原宿や渋谷でもメイクをしている若い男性を多く見かけるので、もう特別なことではなくなってきていると感じます。
また、メディア戦略ということでは、現在、生活者の方々はいろんな情報接点を持っているので、それに最適化していくことが重要だと思っています。テレビ宣伝だけでもダメで、それとデジタルをどう組み合わせていくのか。今、国内の化粧市場規模の半分以上を占めているのは50歳以上の女性で、その方々というのは、デジタルもどんどん浸透している一方で、活字も好きだし、テレビも見る。そういう世代の人たちも含めて、最適なメディアの接点を作っていくのが重要だと考えています。
……ご自身のマイ・ブームはどんなことでしょうか?
現在の部署に来て、お付き合いもあり約20年ぶりにゴルフを始めました。奇しくもメディアの仕事に就いた翌年の2019年から、「資生堂レディスオープン」というゴルフトーナメントを主催するようになり、第一回目の運営の責任者になりました。その時の優勝者が渋野日向子さんで、彼女はその少し後に全英でも優勝されたので、とても印象深いですね。
あとは、実家が飲食店をしていることもあり、昔から料理を作ることは嫌いじゃなかったのですが、ちょうどコロナで在宅が続いた時に、ご飯を3食、妻に作ってもらうことがちょっと申し訳なくなりまして。それで週末の晩御飯は俺が作るよ、ということで、パスタを作るようになったんです。パスタと好きな日本酒を、SNSに投稿しています。2020年の3月から始めて、今年の7月で150回ほどになっています。この“週末パスタ”は良いリフレッシュにもなっていて、“何作ろっかな”と考えている時が一番リフレッシュできるんですよ(笑)。