DX時代のサッカークラブ経営と今後の展望
令和3年度第1回特別講演会を、録画配信形式で6月1日より14日までWEB公開した。「DX時代のサッカークラブ経営と今後の展望」を演題に、小泉文明氏(㈱メルカリ取締役President(会長)兼㈱鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長)が「DX時代のサッカークラブ経営と今後の展望」を演題に講演し、約400名が聴講した。
鹿島アントラーズのノンフットボールビジネス
鹿島アントラーズは、クラブミッション「すべては勝利のために」を選手・スタッフ・クラブ職員などクラブにかかわる全員が共有している。ホームタウンは、茨城県南東部の鹿嶋市ほか5市で、全て足しても人口27万人なので、J1クラブでは最小規模のコア商圏で活動していることになる。
サッカークラブの事業モデルには、スポンサーからの広告料、入場料、グッズなど競技を軸としたフットボールビジネスとスタジアムを中心にアントラーズのアセットを生かして、地域の様々なソリューションを提供するノンフットボールビジネスがある。我々は商圏が小さいのでノンフットボールビジネスに注力しており、その一例として、スタジアム内にスポーツジムを運営している。民間スポーツクラブが参入するのが難しい地域だったので、自ら経営を行い、現在2万5千人の会員がいる。
パートナー企業とは、広告露出だけではない協業型パートナーシップを目指している。企業の課題解決など売り上げに貢献した分だけスポンサー料をいただく形。そういう形でないと中長期で大きな金額をいただくことができなくなってくる。アントラーズは地元・茨城県に支えられているので、地元企業の方々にもアントラーズファミリーに入っていただくためのシステムもある。企業が主催するサッカー教室に選手を派遣したり、企業の就職イベントをスタジアムで開催するなど地元企業の地域貢献にも積極的に取り組んでいる。
アントラーズは、スタジアム来場者のうち54%が県外からと首都圏の方が多い。来場者のスタジアム滞在時間を延ばすため、スタジアム周辺で楽しんでいただくコンテンツの開発をしている。直接アプローチできるファン・サポーターは17万人。SNS登録ユーザーはのべ69万人、ファンクラブが1.7万人なので、こういう方々にどうアプローチしてくかが肝になる。サポーターの方々にどれだけホームタウンに足しげく通っていただくか、どうオンラインで魅力を伝えていくか、クラブ経営の需要な課題として取り組んでいる。
1年半前にメルカリがアントラーズの株主になったが、将来的にどのようなチームにしていきたいか。地域に根差し、地域とともに歩んでいくというJリーグの理念のもと、ノンフットボールビジネスに注力している。アントラーズのアセットを使い地域課題を解決するためにサッカークラブの枠を超えて、様々な事業に着手している。観光を軸にホームタウンの街づくりを進めていくため、3年前にアントラーズホームタウンDMOをつくった。ホームタウンである鹿嶋市、行方市とは地方創生事業に関する包括連携協定を締結している。アントラーズ、メルカリ、ホームタウンが一緒になって定期的に課題を抽出し、それぞれの持ち場で何ができるのか話し合いながら課題を解決していく中で行政と強力な関係性が築けている。
メルカリがサッカーチームの株主になった訳
メルカリがアントラーズの株式を所有する理由のひとつはユーザー属性の違いによる補完関係だ。メルカリは、20~30代女性がメイン、アントラーズは30~50代男性がメインなので補完関係が築けると考えた。二つ目はブランドの確立。新興ネット企業から日本を代表するブランドになるため、またメルペイをというキャッシュレスサービスを始めるタイミングだったので信頼感の醸成が必要だった。三つ目がビジネス機会の創出。二つ大きなチャンスがあると考えている。
一つはエンターテイメントとテクノロジーの進化だ。これから週休3日制など余暇が増えていくと考えると、5G、VR、XRなどの技術進化によるエンタメの楽しみかたが無限大に広がり、市場も拡大傾向になるとみている。スポーツは心の豊かさにつながるので、VRやXRの技術が入り込んでくるとコンテンツがリッチになる。Eスポーツとの連携もあるので、エンターテインメントとテクノロジーの関係性は深い。スタジアムに行かなくてもオンラインでの収益機会が増えるので、IT会社としてサッカーチームをもつことが次のビジネスチャンスにつながると考えている。
もう一つのチャンスは、地域・リアルな場がテクノロジーで変化しているところにあると考えている。今まではスマホなどでネットワークにアクセスしていたが、今後はネットワークが張り巡らされて、ネットワークの中で生活していくという環境に大きく変わっていく。街づくりもゼネコン中心ではなく、人中心の設計に変わり、さまざまなサービスが有機的につながるライフスタイルになってくるのではないか。メルカリは、フリマアプリを通じた循環型社会を目標としているが、アプリだけで完結しないものも出てくるので、本物の循環型社会にアプローチしたい。街を通じた実験を続けていくことで次のサービスを模索していきたい。
小泉文明氏
DXの前にCXを
これまでアントラーズは、働き方がネット企業と大きくかけはなれていたが、組織の意思決定のスピードを早めるために組織の階層をシンプルにして権限を委譲していった。DXをするまえにCXすることが大事だ。CXのCはカンパニー。旧体制でDXを入れようとしても階層がかわってないので、本質的には何も変わらない。カルチャーや階層をどう変えるのかというビジョンがあり、その後にデジタルツールの導入という順番が大事になる。今はすべての情報は共有されていてメルカリと同じ働き方だ。組織のDXが終わりビジネスにどんどんDXを入れているという段階になっている。
アフターコロナの中でクラブのステークホルダーを有機的に結び付けている。地域経済の発展とパートナー企業の収益の最大化が結果として町の魅力を上げ、クラブの収益確保につなげると考えている。コロナで減少したチケット料収入に変わるものとして、ギフティングやクラウドファンディングを用意した。クラウドファンディングは行政の理解もあり、ふるさと納税を活用できた。返礼品は通常のユニフォームやグッズではなく、行政や街のコンテンツを入れ、クラブを通じて特別な体験をしてもらうなど「コト消費」とよばれる関係性が持続するものにしたところ、1億3千万円が集まった。巻き込み方で大きな輪になったよい例だ。
情報発信の強化もしており、TikTokや、オンラインラジオのスタンドエフエムなど、メディアの発信を多面的にしている。鹿行地域(茨城南東部)の食をオンラインで届けるプロジェクトも進めている。クラブがECのランディングページをつくって地元の企業に利用してもらう。これをアントラーズのSNSで情報発信したところ、一部では品切れも出るほど好評だった。
街で実験する前にスタジアムをラボのような形でパートナー企業に提供できないかと考えている。5Gを使った新たな観戦体験の実証実験など、街でテクノロジーを導入する前にラボで実験ができる。PDCAを回せる場所としてスタジアムを使っていただくことをアピールしている。
また、地域企業のデジタル化の遅れを解決すべくパートナー企業と共同でDXコンサル事業を立ち上げところ、現在、大変多くの受注をいただいている。地域課題を解決するために、パートナー企業のアセットとアントラーズ(メルカリ)のアセットをうまく融合させながらビジネスし、収益を得ていく事例を増やしていきたい。
最後に
地方の勝ち組と負け組の2極化が進んでいる。デジタル化の次に地元の競争力をあげていきたい。ホームタウンの魅力的なコンテンツをどう発信して多くの人にきてもらうか。交流人口の増加を狙って、コト消費ができるコンテンツ。農業体験などの拡充を計画している。新たな価値の再整備をして移住定住を選択していただけるような街にしていきたい。
スポーツチームがスポーツだけしていればよい時代は終わり、どう存在価値を再定義できるかが重要な局面になっている。テクノロジーの活用することで、多くのステークホルダーをハブとしてつなぎ、収益をあげていくことで、地域が元気になるようなライフスタイルを提供できるクラブへしていきたい。そうすればこれからもアントラーズが強いチームで居続けることができるのではないかと考えている。
Q&A
クラブ経営と会社経営の大きな違い、共通点は? 経営者として大切にしていることは?
方針を決め、アウトプットを出して改善をしていくという経営の意味では同じだと思う。
ネット企業はPDCAが1日サイクルだが、クラブ経営は試合をベースにPDCAをまわすので年に3、40回。時間軸が違うのでもどかしい。勝敗はコントロールできないので、データの導入やアカデミーへの投資など勝利の再現性を高めることを考えている。コントールできない変数が多いのも経営の違いだが、そこは楽しんでやっている。勝利の再現性を高めるアプローチの言語化、データ化はチームの伝統の中で暗黙知的にノウハウになっていて継承されていない部分があるので、どう形式知にかえていくか、それをアセットに変えていくことに取り組んでいる。
経営者として大切にしているのは、会社のあるべき姿、自分たちのミッションをどれだけ言語化していくか。経営者は同じことを言い続けることが大事。自分の考えを信じて繰り返し伝えていくことが大事だと考えている。