TAAサロン あの人にきく

桑畑 一浩 さん
嬉しいことも、辛いことも、
みんなで一緒に。
三菱電機株式会社
宣伝部 新規プロジェクト担当部長
公益社団法人 東京広告協会 法務政策委員会 委員長

桑畑 一浩 さん
プロフィール 早稲田大学卒業後、1986年入社。静岡製作所営業部に配属。1989年4月、宣伝部に異動。2003年4月、宣伝部事業宣伝グループ グループマネージャーに。2012年三菱電機ドキュメンテクス(現 アイプラネット)カタログドキュメントセンター センター長に就任。
2015年、三菱電機本社宣伝部 メディアグループへ。2019年、宣伝部 新規プロジェクト担当部長に就任、現在に至る。

営業職を経て、入社4年目から宣伝部に配属。

……ご入社は1986年、まさにバブル景気が始まろうとしている時代ですね。

就職活動を始める際にゼミの教授から「これからは電機メーカーの時代だぞ!」と言われたくらい、まさに電機メーカーが黄金時代を迎えようとしていた時期でした。ちょうど先輩が三菱電機にいたのでOB訪問に出かけて行ったのです。当時、会社は現在とは別の場所にありましたが、やはり東京駅からすぐの丸の内エリア。大学入学時から東京で暮らしていたものの、東京駅に降り立ったのは久しぶりでした。じつは子供の頃からの鉄道ファンなので、その時にやっぱり東京駅っていいなと思って(笑)。会社に到着すると案内してくれた方も素敵で、やっぱり丸の内は違うなと。そんなふうにビビビッとくることの連続で(笑)、ここだ、と志望するに至りました。

入社して最初の配属は、静岡製作所の営業部でした。エアコンのマーケティングを担当し、次に営業として東京・秋葉原の電気店でエアコンの販売や商品説明を担当しました。そんな営業部での3年間を経て、異動したのが宣伝部でした。
 1990年当時、宣伝の仕事のメインはいわゆる製品カタログの制作です。1日1冊以上作っているというくらいの頻度で次々と制作していました。たとえばエアコンと一口に言っても、業務用だけでも複数種類あり、加えて家庭用、さらにエアコン以外の家電製品、インフラ関係、エレベーター、情報通信など、製品の数が多い上に、カタログ自体のボリュームも何百ページというものもあって……とにかく、ひたすらカタログ作りに明け暮れる日々でした。

……宣伝の部署にかれこれ30年以上いらっしゃるわけですね。これまでに印象深かったお仕事にはどんなものがありますか?

まずは、一番初めに自分が担当したエアコンのカタログですね。色校正が出てきて、それを見た時の感動は今でも忘れられません。宣伝の仕事ってすごいと思いました。カタログ作りはテレビCMなどの仕事と比べると、一見、地味で地道な仕事という印象ですが、製品について活字や写真でどう表現するかをとことん考え、設計担当とも何度も意見交換を重ね、喧嘩したり、怒られたり、ダメ出しをくらったりしながら時間をかけて作り上げていったものです。そういう過程を経たものがこうして形になってくるのだということを実感できた時、本当に嬉しかったんですね。さらに嬉しかったのは、電気店の店頭で、そのカタログを家族が手にとって見て、読んだりしてくれているのを見た時でした。ああ、役に立っているんだなということを実感しました。

もう一つ印象深いのは、半導体領域を担当した経験です。1990年代は半導体の新製品が次々と登場し、そのたびに関連雑誌に広告を打っていました。年に30~40回は出稿していたと思います。ある年、改めてこれからどういう広告を作ればいいんだろうという話になり、ある経済誌を通じて読者(BtoB製品の担当者ということですね)に"どんな広告がいいですか"というアンケートを取らせていただきました。その時に驚いたことがありました。それは「こんなに広告を見せられても、どれがどれだかさっぱり区別もつかず、わからない。みんな同じような写真があってコピーがあって。そんな暇じゃないんだ」というご意見でした。3つの点について教えて欲しいと。一つは、この半導体は何の商品に使うものであるか。エアコン用なのか、車用なのか、あるいは携帯用なのか、どんな分野に使うためのものなのか。二つ目は、どのような課題を解決してくれる商品なのか。そして三つ目は、従来の商品と比べてどれくらい良くなったのか。ここをはっきりと打ち出して欲しいと。それさえわかればあとは問い合わせするから、ほかのいろんな細かい情報はいらないのだと。改めて、なるほどと思いました。実は、私がエアコン販売を担当していた頃に、お客さまが一番納得して買ってくださっていたポイントは"長持ち"だったんです。高額商品ですので、どれくらいの期間壊れずに使えるか、耐久性が一番大事だったわけですね。

いくらかっこいいイメージのCMを作っても、それで響く人ももちろんいるけれど、消費者の方たちからすると、関心が高いのはもっと実用的な部分であるということ。半導体の広告も同じで、送り手の訴えたい内容と、受け取るお客さま側の知りたいことが本当に合っているのか、ちゃんと応えることができているのか。お客さまの視点に立って発信することの大切さを改めて痛感しました。どうしても会社の中にいて競合他社のことばかり意識してしまうと、お客さまの視点という部分が抜けがちになってしまう。広告制作において一番大切なのは、お客さま視点だということを忘れてはいけない。そのことを再認識させられた仕事でした。その意味で、宣伝の仕事に就く前に営業職として販売の現場で実際にお客さまと直接やりとりすることができたのは、いい経験だったと思っています。

それからもう一つ、主に家電に関して "CMの費用対効果"を明確化するために、事業本部と宣伝部が共有できる調査レポートをまとめた仕事も、とても印象に残っています。それは、顧客の購買行動を初期・検討・決定の三段階に分けて調査し、そのデータやロジックに基づいてCMの役割について改めて考察したものでした。そこでわかったことは、"最初の段階で商品が候補に挙がらないと、ほぼ買ってもらえない"ということ。初期段階で候補の2、3社に挙がっていないと、その後の検討・決定段階での逆転というのは、8~9割ありえないということでした。その意味で、初期の候補に上がるためには、日常生活でお客さまが自然と接触する率が高い"CM"が大切になってくるだろう、と。初期段階でどれだけの費用をかければ候補に挙げてもらえるか。候補に上がることができれば数分の1くらいの確率で購入してもらえる、ということもわかりました。そこから製品価格や広告スポットの単価などを考えて、CMにいくら投資すれば…ということをまとめ、それを「CM費用対効果モデル」として指標を提示しました。2年ほどかかりましたが、まとめ上げた時は達成感がありましたね。

ちょっと大袈裟かもしれませんが、最初にカタログの色校を見たときの喜びがあったからこそ今の自分があるのかなと思っています。ゼロから作り始めたカタログが一つの形になったときの感動があり、次いで、お客さまが望んでいることと広告を打ち出す側との間にギャップがあるということを早い時期に認識することができた。宣伝で一番大事なのは、それを受け取ってくれた方が役に立ててくださったり、理解を深めてくださったりすること。どんな広告活動であろうと、それは共通なのではないかと思います。

一人ひとりが生き生きと仕事ができる人材育成を行っていきたい。

……2021年に創立100周年を迎え、2023年には国内外グループ会社の従業員約15万人を対象としたパーパスプロジェクトを開始して、テレビCM、新聞広告、グラフィック広告、Webサイトなどでキャンペーンを展開されていますね。

100周年当時、様々な事案が発覚し、それを機に弊社は様々な企業風土改革に取り組んでいます。その一環として2023年9月から始まったのがパーパスプロジェクトです。従業員一人ひとりが自分の「パーパス」について考え、企業と自己の「パーパス」との重なり、結びつきを見直し、働く仲間と共有しながら社内コミュニケーションを活性化し、組織風土変革を加速させていく取り組みです。パーパスを起点としたコミュニケーション施策を通じ、当社グループの存在意義や貢献姿勢をあらためてステークホルダーの皆様に広く発信しています。

"従業員一人ひとりが自分のやりたいこと(=パーパス)と向き合い、生き生きと仕事をすることこそが、会社全体を良くしていく、ひいては世界を良くする原動力になる"という考え方ですね。まずは「コツコツ ワクワク 世界をよくする」というテーマで従業員が次々と出演し、一人ひとりの技術や創造力を、チーム、組織の力に変えていることをテレビCMやWebサイトで発信しています。日本国内からスタートしていますが、今後は海外の社員にも出演してもらう予定になっています。

 

……長年、宣伝領域に関わってこられて、今後取り組んでいかれたいことはありますか?

これからの課題と強く感じているのは、宣伝部の中の人材育成です。昔はカタログが作れれば一人前みたいな感じがありましたが、今は、イベント、展示会、オウンドメディア、デジタル、システム、ブランディング領域…と関わる範囲もさまざまに広がっていて、どうしてもそれぞれがバラバラになりかねないという懸念があります。そうならないために、共有すべき知識と意識、及びチームワークで仕事をしていくことの大切さを継承していかなければならないと思っています。
 宣伝部署に新卒でやってくる人もいれば、中途採用の人も、あるいは社内でも宣伝とは全く別の部署からやってくる人もいる。それぞれの人に対して、リアルの場でOJT的にやっていかないとなかなか仕事が身につかないという課題もあります。また、OJTする側も大変で、デジタル系の話やグローバル領域になると、だれでもが話せるというわけでもなかったりします。

昔、私が宣伝部に異動してきた時も、先輩からいきなり「オリエンをやってくれ」と言われて、「オリエンって何ですか?」と。また、「何がわからないのか教えて」と言われても、「何がわからないかもわからない」というような状態でした。それに輪をかけて最近は覚えてもらうことも多岐に渡るので大変だと思います。さらに、以前は出社が前提だったのでわからないことがあったらその場ですぐに確認できていましたが、今は在宅ワーク率も増えて、毎日、みんながリアルに接しているわけでもない。そのような中での人材育成をしっかりやっていくことは本当に重要な課題だと思っています。

また、近年は広告表現のコンプライアンス上、ジェンダーやLGBTQ、人種、障がいの有無など、さまざまな"人権への配慮"が非常に重要になっています。景表法等、純粋なコンプライアンス領域の問題点であれば違反していれば直す、というのが明確ですが、人権のような領域で気がつかないうちに結果的に誰かを傷つけてしまっている恐れもあります。そのような問題について、どう直すのか、あるいは直さないのか、直さないとしたらどういう理由なのか……といった点で対応の難しさがあると思います。
 これらについては、これからも関係者全員で地道に知見や行動、検証を蓄積して、追求し続けていくことが大切なのではないかと思っています。それは広告表現上の問題の解決だけではなく、広告本来の魅力や価値をより高めていくことにもつなげていけるはずと信じています。一人でも多くの人に、広告に触れて、幸せに、ポジティブになっていただきたいので。

well-beingを目指して。"チーム"を意識して仕事をすること。

……鉄道ファン、ということでしたが、やはりご趣味は鉄道ですか?

趣味といえるものは4つあります。鉄道と釣りと、横浜ベイスターズと、クイーン(イギリスのロックバンド)です。30歳になった時に当時の上司から「30になったんだから、趣味を持て」といわれまして、本を買ってきて趣味の定義など調べてみたんです。それで、これまでやって楽しかったこと、昔から惹かれているものってなんだろうと改めて考えてみたわけです。それがこの4つだと改めてそこで再認識しまして。
 鉄道と釣りとベイスターズは小学生の時から、クイーンは中学校時代からずっと"推し"です。ベイスターズは"大洋ホエールズ"の時代からになりますね。父親の仕事の関係で転勤が多く、小学生の頃は主に九州と北海道で過ごしました。今でも、長期休暇をとって九州に釣りに行きます。多い時は年に100回くらい、釣りをしています。実家のある宮崎をベースに鹿児島や大分で、主にクロダイを釣っています。


釣果が掲載された雑誌を手に

ベイスターズは今年、1998年以来26年ぶりの日本一に輝きましたが、その26年前の日本一の時の新聞もちゃんと取ってありますよ(笑)。


1998年の新聞を手に

鉄道は完全に乗り鉄。クイーンは1985年5月に国立代々木競技場のライブに行くことができて、本当に幸せでした。それが日本ラストツアーで、数ある中でも歴史に残る伝説のライブと言われているステージで……泣いちゃいましたね。今も車でかける音楽は全てクイーンです。高校、大学の頃はコピーバンドもやっていました。

……まさにオフの時間も大充実ですね!
最後に、広告宣伝の仕事に関わっている若い方々にメッセージをお願いします。

私は2020年に大きな怪我をして入院しまして、一時は生死をさまようような経験をしました。その時の教訓でもあるのですが、"生きてるだけで幸せ"ということをお伝えしたいですね。生きてるだけですげーんだぜ、と。その頃はちょうどコロナ禍で、病院には重病で入院している小さいお子さんたちもいたのですが、面会ができないのでご家族とも会えなくて、毎日夕方になると、そういうお子さんが病室の窓ぎわから下に来ている家族に手を振っている姿を何度か見たことがありました。今まで知らない世界でした。そのような様子を見ていたら、仕事なんて大したことないじゃないかって思って。ミスをしたとかコンペに負けたとか、いろいろと辛いことはあるかもしれないけれど、そういうことも楽しいと思えるといいよね、と。
 まさにwell-beingだと思うのですが、いろんなことがあるけれど、それをどう自分で受け止めるか。できるだけポジティブに、"そうかこんなすごいことをやったんだ"って達成感に思えるくらいに。気の持ちようで、辛いことも楽しいと思ってくれるようになるといいかなと思います。私は入院以降、何があっても、ありがとうと思うような、そんな気持ちで過ごしています。

もう一つは、宣伝の仕事は作品が見えるからうらやましい、と言われたことがありまして。私にとってはまさにエアコンのカタログがそうでしたが、仕事が形になって見えやすいし、今は検索すれば評価してくれる人の意見も見えるかもしれないし、アドバイスをくれる人もいるかもしれない。自分のやっていることの成果とか達成感が得られやすい仕事なので、頑張ってほしいと思います。

最後は、やっぱりチームの大切さ、ですね。宣伝の仕事は、クライアントがいて、クライアントの中にもいろんな人がいて、広告会社にも営業、制作、デザイナーさんもいたりと、多くの人と関わることになります。そういうたくさんの人たちと一緒にやっていく仕事なので、チームなんだという意識を持ってほしい。よかったことはみんなで喜んで、悪かったことはみんなで悔しがればいい。辛いことも一人で苦しむよりはみんなで苦しんだほうがいい。そういう意味で、一人ひとりがチームの一員なんだという意識を持って仕事をしてほしいと思いますね。

(インタビュー・文 牧野容子)

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